海外と日本の”デュアルライフ”
普通なら出来ない生き方をしようと思った。
とある社畜がPC1台で場所・時間に関係なく稼げる
副業を実践し、一気に未来が開けた。
雇われる人生にサヨナラ出来る可能性と喜び、
その”方法”を伝えたい。
そんな思いで『初心者向け特別テキスト』を公開!
社畜

会社を退職して後悔…全然してない!仕事を辞めた理由・その後の結果…50人の体験談!【社畜】

 

いま働き方が大きな議論を呼んでいます。

サービス残業や長時間労働、子育てや家事
との両立、実質賃金の低下などです。

かつてはまかり通っていた働き方が、
現在では問題となり、仕事を辞めて
会社を退職してしまう人も多いです。

ですが、退職しても全然後悔していない人
が数多くいることも事実です。

会社がすべてではない、何を人生の中心に
置くか、いまその在り方が揺れているのが
日本ではないでしょうか。

今回は、会社を退職・仕事を辞めた方でも
後悔していない方50人の体験談を紹介
します。

仕事を辞めた理由、退職後の結果についても
紹介していきます。

いま、社畜になってしまって悩んでいる方、
必見です!

 

 【目次】

・仕事を辞めた理由・その後の結果(10代)
・仕事を辞めた理由・その後の結果(20代男性)
・仕事を辞めた理由・その後の結果(20代女性)
・仕事を辞めた理由・その後の結果(30代男性)
・仕事を辞めた理由・その後の結果(30代女性)
・仕事を辞めた理由・その後の結果(40代男性)
・仕事を辞めた理由・その後の結果(40代女性)
・仕事を辞めた理由・その後の結果(50代以上)
・会社を退職・仕事を辞めて後悔していない人は多い

 

仕事を辞めた理由・その後の結果(10代)

飲食店の勤務をしていました。よく言われるブラックな会社だったことが今となっては冷静に思うことができます。当時は新卒で入った会社だったので世間がどんな働き方をしているのかなんてよく知らずに働いていました。初めにやめたほうが良いのではないかと思ったことは体調がどんなに悪くても休める環境になかったことです。先輩方もそれが当たり前のように働いている環境に疑問をいだき周りに相談してやっとおかしいことに気が付きました。残業も勝手にしてないようにタイムカードを改ざんされていたり、有給がなくなったりとかなり問題のある会社だったので思い切ってやめてよかったと思っています。

 

仕事を辞めた理由・その後の結果(20代男性)

念願の事務職の仕事に入社しましたが、入社後標的を変えながら続くパワハラを見て辞めて正解だったと思います。 何かのきっかけに標的が決まり、標的が決まると大事な書類を隠される、自分のデスクを占領されて仕事ができなくなる、メールフォルダを消される、といったことが平気で行われていました。私はこの様子を見て、いつか自分も標的になるかもしれないし、仮にならなくてもお客様の利益よりも感情身を任せたパワハラをする会社なんだと思い、先がないなと思い辞めました。案の定、現在は大損失してしまいその部署自体は解散したそうです。辞めて良かったです。
私が会社を辞めた理由は色々ありますが、一番は人間関係です。 特に先輩からのパワハラが酷かったです。 私の直属の先輩だった方は部下には短気で横暴、 上司にはペコペコする典型的な嫌な奴だったのです。 その先輩とは営業回りの車内で良く嫌味やら暴言やらを言われ続けました。 私は基本無視スタイルを決め込んでいたのですが、 それでも根気強く意地悪をしてくるので、 やむなく課長に相談してどうにかしてほしいと伝えましたが、 課長の回答は「お前がまず大人になれ、話はそれからだ」と平気で言い放ったので、 私は「では辞めさせて頂きます。」と言い即効で辞めてやりました。今は会社を辞めて大学時代にやってみたかった事に色々とチャレンジして、 楽しい毎日を送る事が出来ています。 仕事辞めてほんと良かったなって心から思います。

 

仕事を辞めた理由・その後の結果(20代女性)

以前アパレルショップで店員をしていました。 ノルマに追われ、耳にイヤホンをつけている人にまで 無理やり声かけをしないといけなかったので、無視されることもたくさんありました。 それがストレスでやめ、現在は会社の 受付をしています。 自分から行く接客より、きてくれる人を 相手する接客の方が、自分には向いてる!と 思いました。積極的な方ではないですが 人と同じするのは好きなので、今の仕事はとっても充実しています。 立ちっぱなしもなくなったので、 足のむくみも無くなりましたし、 いいことづくしでした!
調剤薬局の事務員だったのですが、女性ばかりの職場で毎日誰かの陰口、噂話で盛り上がっていました。私は興味が無く会話に参加しなかったのですが、それが周りは気に入らなかったのか、新入社員の私が標的になりました。仕事も丁寧に教えてもらえず、ミスが続き、さらにハブにされました。また、薬剤師が心の病気の患者さんのことを悪く言っていることもありました。ここにくる患者さんがかわいそうだと思いました。私はストレスで体調を崩し、数ヶ月でやめましたが後悔していません。
私は25歳の頃一年ほど働いていた職場を退職しました。 退職理由としては、冠婚葬祭が重なってしまい有給をたくさん使ったことによる嫌味を言われたためです。 もちろん結婚式の際ははやめに報告してありましたし、葬儀はそうなるかもしれないと伝えてありました。しかし、いざ有給から戻ってみると「◯◯さんばかり連休をとって」と裏でたくさん言われました。 好きで休んだのではありませんし、こちらは家族を亡くしているのにその言い方はあんまりだと思いました。人間性を疑います。そんな人とは一緒に働いていけないし、フォローもしたくないと思いその日に退職したいと申し出ました。 辞めてからすぐに別の職場で働きました。 すると、同じようにまた葬儀が入りました。同じような事を言われたらどうしようと悩みましたが、そこの上司には「仕事の事は気にしなくていいから好きなだけ休んで実家に帰りなさい」と言われました。涙が出ました。同じ状況でも人によってはこんなに対応が違います。葬儀が終わって職場に戻っても心配してくださいました。 我慢しないで転職して本当に良かったと思いました。
わたしは、働いている会社での自分自身の将来性を感じないなと思って、異業種ではあるけれど、これまでの仕事で得た知識を最大限活かせる仕事に転職しました。 以前の仕事も好きでしたが、もっと大きな枠組みでの仕事をしたくなったというのが転職の理由です。 結果として、以前よりも自分の望む仕事をできているので、転職は大成功だったと思っています。給料も上がりましたし(その分、忙しさは増しましたが)。 ただ生活のために働くのではなく、やりたい仕事があるのならば妥協しないことが大切かなと思います。
私は四年制大学を卒業してすぐ、新卒として大手スーパーで正社員として働き始めました。入社の決め手は、面接や懇親会を通じて、そこで働く社員の愛社精神を感じられたことでした。出会う人皆、きらきらと輝いているように見えたのです。 元々希望していた部門は衣料品でした。入社後三ヶ月間は、全ての部門を一週間ずつ回って、スーパー全体の仕事を知るところから始まりました。そして、ついに配属先が決まる日、店長の口から告げられたのは衣料品ではなく、食料品のそれも「デリカ部門」だったのです。 それでも決まったものは仕方がないと、デリカ部門で腹を括って働き始めたのですが、そこでは上司からのパワハラやサービス残業が横行し、辛い日々が待っていました。 上司は気分次第で態度がころころ変わり、機嫌のいいときは長い時間喫煙室で仕事についての持論を聞かされ、 機嫌の悪いときはバックヤードにあるゴミ箱やトレーなんかをよく蹴って倒していました。 また、1日5時間の残業は当たり前で、タイムカードを切った後に無給で働いていました。 一年目の秋頃から会社を辞めたいと思っており、二年目に入った頃、遂に転職活動を始めました。 転職活動はトントン拍子に進み、化粧品のメーカーから内定を貰うことができました。 結局一年半もいなかった会社でしたが、あのまま続けていたら今頃鬱になっていたかもしれないと思うとぞっとします。本当に辞めて良かったと思いました。
大学卒業後、初めて就職した会社の社長が セクハラ、パワハラ、モラハラ、マタハラ…などなど あらゆるハラスメントをしてくる方で、結婚すれば仕事を辞めさせられる。入って半年の社員に社員採用の人事担当をさせる。中国語が分からない新入社員を新しく設立する中国支店の責任者にさせるなどなど、酷いありさまで、自分の描く将来像と精神の安定を考えた時に此処に居ても意味はない、身体を壊すだけだなと思い半年で職場を去りました。 その後、再就職を目指しながら官公庁でバイトをしていたところ、今の旦那と出会い結婚をしました。 今、旦那と二人暮らし、私はフルタイムのアルバイトをしながら結婚式の準備の真っ最中です。 もともと、結婚をして無理なく働くというのが私の将来像だったので、それを実現できて今はとても幸せです。
20代前半のころ飲食店でアルバイトをしていました。 人間関係は非常に良好で仕事自体も楽しかったのですが出勤日数が少なく、 将来のことを考えるとアルバイトではなく正社員として別のところで働く方がいいと思い辞めることを決めました。 このことを店長に相談すると「その方がいいね」と背中を押してくれました。 その後きちんと正社員として就職することができました。 決して楽ではなかったし辛い事もたくさんありましたが全てが経験となり、できることも増えて自信が付きましたし。 新しい仲間とも出会い、本当に有難いことに可愛がってくれ、愛してもらえました。この経験、出会いは一生私を支えてくれると思います。
大学時代にしていたアルバイトでの話になります。 学年の切り替わりを機に、一人暮らしを辞めて、 時間はかかりましたが実家から通学することにしました。 通学に1日往復で5時間切るくらい、かかっていたので、 少しの時間でも…と思い、地元のスーパーに入っている パン屋さんにアルバイトとして雇用してもらいました。 夕方17時-20時での話だったので、学業にも差し支えないかと思っていました。 しかし、実際勤務を始めると17時以降はまさかのワンオペ。 レジ締めから店の片付けまですべて1人で行う。 その日の在庫確認からお金の管理まで。仕事に慣れないはじめの1週間は帰宅が日付を超えていました。 このままでは、学業にも差し支えると思い、1ヶ月半ほど働きましたが退職させてもらいました。 アルバイトとはいえ、ワンオペでやる仕事量の多さにビックリした体験でした。
カフェで正社員として働いていました。社員になってから、働く時間ぎかなり増え、残業代は全額支給されませんでした。月に8日という休みもアルバイトが入らなければ休めず年の半分は月に6日ほどの休みでした。 本社からの部長などの上司に訴えても、俺たちは働けとは言ってないから、シフトを上手くやれということを丁寧な言葉で言われただけで人員確保もしてくれなかったので馬鹿らしくなって辞めました。 今はほぼ同じ雇用条件でしっかりと休めて昇給も早いです。同じところでこだわらず、勇気を持って自分に合う場所を探す努力を惜しまなければ、良い環境で働けるとわかり今は楽しく働いています。
以前勤めていた会社はとにかく業務量が多くて、残業や休日出勤は当たり前という環境でした。 また、妙に足を引っ張ってくる人や、プライベートを詮索してくる人も多く、身体的にも精神的にも疲れ果てていたので、辞めたことで憑き物が落ちたようにスッキリしました。 辞める前はストレスから激太りしたり、生活の乱れで肌が荒れたりして気分が落ち込んでいましたが、 辞めてからはスルスルと痩せて、肌荒れも改善したので、毎日が楽しくなりました。 当時仲が良かった同僚に会うと、顔付きが優しくなって輝いている、と言ってもらえるので、 前向きに生きることができているのだと実感します。

 

女性は仕事上での悩みやトラブルが多くて
大変そうです。

頑張って立ち向かおうにも、最後には自分
が疲弊してしまうことも多々あるようです。
なんともやりきれないですね…

 

仕事を辞めた理由・その後の結果(30代男性)

7年間務めた激務の印刷会社の校正担当を退職しました。退職理由は、残業が多すぎて自分の時間を持てないこと、体力的にもこれからだんだんキツくなって健康を害しそうだと家族からも言われたことです。しかしながら、残業代自体は基本的に全部支給されること、外回りの時の昼食代が支給される、出張時のホテル代や深夜帰宅時のタクシー代の支給基準が緩いことなどは魅力だったので辞めることに心残りはありました。 しかし、私が退職して1年半後くらいからコンプライアンスという名のもとに会社の締め付けがきつくなり、残業削減の名目で仕事を家に持ち帰ったり無届のサービス残業が横行、経費の規定が細かくなり、昼食の内容にドリンクが含まれていただけで全部却下、残業は社員の責任なのでタクシー代無しで自腹でホテル宿泊など完全なブラック化改革が行われました。辞めた直後は心残りがありましたが、結果的にはいい時期に辞められたので退職を全く後悔していません。
前職では学習塾の校舎運営をしており、日曜日と月曜日が基本的な休日だったが、急遽で授業が入ったり、保護者面談が入ったりと、月曜の休日のうち半分くらいは普通に出勤していた。また、出社時間はお昼過ぎで比較的遅いものの、夜は12時付近まで仕事をし、かつ残業代も出なかったので、精神的・肉体的にも非常にタフな状況を強いられた。転職後はいわゆる土・日・祝が休日で、きちんと残業代も支給されるので、その日の仕事がどれだけ大変でも、頑張ろうと思えるようになった。ワークライフバランスは大事だと思う。
以前の会社の人間関係に疲れ、早く辞めたいと思っていました。とは言え、なかなか辞める踏ん切りもつかず、そして小さな会社でもあるためストレートに人間関係に疲れたと伝えるのは嫌だと思い、何かないかなと思っていました。そんな折、妻の妊娠が発覚。私も妻も地元から出てきていたため、子育てに不安がありました。そこで、地元に帰って子育てをしつつ、働きたいと言う理由で会社に辞意を伝えた所、円満に退職をすることが出来ました。 退職後は妻の実家の家業を手伝っています。仕事上付き合わなければいけない人も少なく、人間関係で悩むことなく働けています。
私は10年以上介護業界に携わり、介護スタッフを経験後デイサービスの施設長の仕事に就いておりました。退職を決めた理由は経営者の一貫性の無さと金遣いの荒さ、公私混同された会社の資金運営が見えたことでウンザリしたことです。それにより、人件費を真っ先に削る選択がなされ、複数ある施設は極めて厳しいスタッフ配置の状況下で運営をしていかなければならなくなったためそれを補うために日々サービス残業が続き負担に感じたことも退職の決め手になりました。退職後は全く違う業界の仕事がしたいと考え、求職者支援訓練校に通いWEBについて学習しました。現在は、PCを使って知り合いの手伝いをしたり、投資を行うことで生計を立てています。本当に退職してよかったと思っています。
以前は警備業界にいましたが、そこで上司や同僚に対しての不満や仕事に見合った給与を貰っていないと感じていたので、入社して1年ほどしか経っていませんでしたが辞めて他の職を探そうとしました。結婚はしていましたが、まだ子供がいなかったため妻も了承してくれたので良かったです。退職を決めてから直ぐに次の会社の面接などを行い幸い一月ほどで就職も決まりました。今の会社では同僚などに恵まれて良い仕事ができるようになったので、ストレスもさほど感じずにやりがいを持って働けています。なので今では、あのまま我慢をして仕事を続けていなくて本当に良かったと思っています。
数年前に介護職を退職しました。 夜勤や早出もあるシフトで生活リズムが狂ってしまううえに、利用者の暴力や暴言、職員同士の仲の悪さなど耐えられない要素が重なったので思い切って退職を決めました。 現在はフリーでライターをやっています。 やめたことについては全く後悔していません。 以前はアルコールを摂取しないと眠れませんでしたが、今ではそんなことはなく毎日快眠です。 収入もちょっぴり上がりましたし、現在の暮らしにはほぼ不満はありません。 どうしても無理だったら、退職することは悪い選択肢ではないと思います。 もっと早くやめれば良かったと思っています。
警備会社で警備の仕事をしていましたが一昨年の年末に辞めました。その理由は不規則な生活だった事(時間と休みがバラバラ)と給料が安かった事(正社員で月14万しか無かった事)と求人票が全くの大嘘を書いていた事(賞与1ヶ月分と書いていて実際は1万円足らずしかなかった事)パワハラなどが酷かった事 自分は1.2年の勤務で月14万でしたが自分より勤務が長い人は正社員で12万しかもらっていなかったらしくそのおかげでやる気が全くなくなり良くなることはないと思い辞めました
私は前職コンサルファームから証券会社へ転職し、現職で充実した社会人生活を送っております。前のコンサルファームはIT関連の素養が必要で自身のスキルセットに合わないプロジェクトに苦戦していたこと、ノートPCを付与される曜日時間関係なくレスポンス、場合によっては作業することが求められている点、かつ、給与はさほど高くない点が嫌で転職。現在は顧客管理の観点もあり家に仕事を持ち帰ることは皆無。証券アナリストも取り業務的にも苦はなく、かつ給与は当時より大幅にアップしたため、非常に満足しております。
自分は10年前、某自動販売機飲料水の会社で働いていました。この某自動販売機の会社で普通に健常者でもあり、一般の就職に就いていました。その会社で1年半過ぎたころ、ある病気にかかってしまいました。通院したのは、精神科でした。それまで某自動販売機の会社では今でいう、ブラックに近い会社でした。朝の6時半から出勤して夜中の12時に帰る生活を1年半通してきました。体や精神がやられて残業時間も全国一となり過労死ラインギリギリでした。その会社で2年を過ぎたころその会社を辞めました。それから、体の状態も悪くなり、入院という事になりました。それからの人生は障害者の枠で働くことになり、就労支援B型で心のリハビリもこめて1年半勤めて、それから就労支援A型の方で心の方も良くなり今はその状態で働かせてもらっています。今思えば、某自動販売機会社さんには長く勤めたかったのですが、精神病という病にかかり、ニュースとかでも長時間労働で自殺ということもあるので、今思えばこれで良かったと自分自身思っています。
個人事業主になる前の最後の会社員だったときのことです。 いいかげん、適当が嫌いな私は、全て自分で理解したうえで業務を行っていました。 退職する半年前から、会社員でもっていない技術の仕事を社外に外注という形で委託し始めたのですが、金額的に適正なのか、完了させてほしい内容はどこまでなのかを決めずに委託が増えました。 しっかり管理することを提案していましたが、社長の方で「相手に任せて不備があったら直してもらえばいい」との一点張りになり、社員全員がついていけなくなりました。 私は、みんなが不信感をもって働いている職場にいるなら、一人で気長に楽しく仕事をしようと独立を決心。独立してからは収入は減りましたが、ストレスなく仕事を行えています。
雑誌編集者をやめました。悪名高い裁量労働制で残業は軽く月100時間を超えるにもかかわらず、給料はスズメの涙ほどの「みなし残業代」が乗っているだけで毎月定額。休日出勤もざらで、休める暇もろくにありませんでした。おまけに経営状態は最悪で、トップダウンによるワンマンブラック経営。ひとり、またひとりとやめていく人は後を絶ちませんでした。ご多聞にもれず私も入社数年で身体にガタがきて退職。転職後は残業時間も休日もマシになりました。そして前職の会社は経営悪化により身売りをする憂き目に。やめてよかったと思います。

 

仕事を辞めた理由・その後の結果(30代女性)

転職前はテーマパーク内のグッズ売り場で働いていました。責任者の一人という立場から、お給料はそこそこ貰っていました。新しいことを始めたいと思い、講座を受けるためにどうしてもスケジュールの融通が難しいという事で転職をしました。結局、講座に関してはうまく行きませんでしたが、同時に始めたアルバイトがありました。以前の仕事ではリーダー職など3つほど掛け持ちしており他の人の倍以上の仕事内容でした。それに比べて新しい職場ではお給料が数万ダウンしたものの、業務内容や仕事量が格段に減り、自分の仕事だけに集中できかつ労力もさほどいらなくなりました。アルバイトなので働く時間数も少し減りましたが、幸い高時給で採用して頂けたので、休みの時間も充分で仕事量もバランスが取れ、全体的にはとても余裕のある仕事に就けて、以前の仕事を辞めてよかったと思っています。
私はこれまで二回転職をしてきましたが、どれも後悔はしていません。まず社会人デビューでついた仕事が美容師。在籍は4年でしたが、その間着付けの大会やもちろんお客様に入らせて頂くこともありましたが、なんといっても以前久しぶりにお会いした元上司に言われたのが『あなたの置いてってくれたマニュアルがまだあるのよ』と辞めた後でも、何かその会社のお役に立てているということです。当時の私は、後輩に教え漏れのないように、そして自分も忘れないようにするためになんとなく作ったものでしたが、もう退職して8年もたちますが残っている、そして活かされていることに喜びを覚えました。 もう一か所は、百貨店での販売です。見た目華やかな世界ですが、自分のお店のことだけでなく建物全体の店舗を覚えなければならなかったり、熨斗や表書きの知識も必要とされ大変な部分もありましたが、がんばればまたお客様は再来店がありますし、本気で怒っていただけるお客様にも出会えました。もちろん怖かったですが。今の自営にも活かされる点もいくつかあり、この二つの転職に後悔はありません。
仕事にはやりがいを感じていましたが、同期がいなくて気軽に相談できる相手もいない。時短勤務に切り替えたことで、周りに対して負い目を感じていたこと。後輩たちがどんどん昇進していく事への劣等感。そんなことを日々考えながら仕事をしているときに、妊娠がわかりました。産休をとって復職をするという手段もありましたが、その時は辞めるという考えの一択でした。辞めるときは寂しさもありましたが後悔はしていません。マタニティライフを十分に楽しみながら過ごせたし、生まれてからも大変ではあるけど、一番に子供の成長を見守ることができているからです。現在も二人の子育て真っ最中ですが、子どもとぶつかることもあるけど、いつも一緒にいられることはこの上ない幸せだと感じています。いろいろと話をしてくれたり、笑顔を向けてくれたりする子供たちをとっても可愛く感じている日々を送っています。
正社員として働いていたドッグカフェを辞めてから、次の仕事が本当に楽しくてやりがいを感じていて、辞めて本当に良かったと思っています。 前の会社はサービス残業で毎日2時間以上は当たり前、週1しか休みがないのに関わらず、それさえ半日出勤して、と言われる始末。 大好きなおばあちゃんのお葬式も、休めない状況分かるでしょと上司に冷たく言われ、参列させてもらえず悔しくて辛くてたまりませんでした。 有給もないし、ボーナスもありません。 今はパートタイムとして、週5で同じ業界で働いていますが、有給もあるし、30分単位で残業代ももらえます。 休日出勤なんてありえません。 ストレスなく、今の会社で働けていて嬉しいです。
仕事がとても暇になりました。そのせいで、掃除をしたり雑用をしている日々がしばらく続きましたが、今度は出勤してすぐに午前中で帰らされたりしました。 どんどん状況は酷くなっていき、会社の仕事が無くなってきたから一部の課は1カ月休むように指示されました。この事によって、いつも貰えていたお給料がかなり少なくなり、いつ潰れてもおかしくないと思いすぐに辞めました。 経営が悪化した職場に働いていても未来はないと思ったので、次は大手会社に転職しました。給料もかなり安定していて大満足でした。 前の職場は私が辞めた半年後に潰れました。転職して良かったと思っています。
20代前半から仕事をしていました。今は、いろいろな制度がありますが、私の退職理由は子育てをするためでした。私の近くには、頼れる家族がいない状態。なので、今となってはどこにでもあるワンオペ状況でした。 でも、退職して後悔したことはありません。もともと、 仕事に対してお金さえ貰えればなんでもいいという考えな私であること。すぐに働かず子供と一緒に過ごせる幸せを感じているからです。もちろん将来や今現在の経済的には不安は感じますが。それでも今は今しかないのでありがたく子育てさせてもらってると思います。
税理士事務所に勤めていて、仕事内容は気に入っていたのですが、直属の上司のおばちゃんが嫌な人で合わなくて辞めました。 私は簿記の資格があるだけで税務の資格は持っていなかったので、ただの事務員として安い給料で採用されました。なのに入社後、税理士の資格の勉強をしていかないと仕事ができるようにならないと毎日のように言われるように。退社時間直前に仕事の進捗を確認してきて、まだ終わってないのって怒られ結局毎日残業しました。しかもみなし残業代で月1万の手当がついているから、どれだけ残業しても残業代はなし。もっと仕事ができる人を採用すればよかったと言われ、じゃあそういう人を採用してくださいって言い捨て退職しました。 一生懸命仕事してるのに認められなくて悔しいって思っていましたが、冷静になってみるとただのブラックだったなと思い直しました。私の次に採用された人は2ヶ月しかもたなかったみたいで、自分の判断が間違っていなかったと安心しました。
以前勤めていたのは和菓子屋で、百貨店での和菓子販売や、新商品の企画・発案をしていました。 その会社では、休みは週に1日、勤務時間は毎日10-12時間以上、繁忙期になると休み返上で出勤させられたりもしました。仕事もほぼ立ちっぱなしで体力的にも辛かったです。 そんな中での仕事を半年ほど続けていると、体調を崩してしまいました。このままでは、健康を損なうと確信し、転職することを決意しました。 今は小さな町工場の受付事務をしています。週休2日、8時間労働、残業なし。給与は以前より少なくなってしまいましたが、健康的に過ごせていますし、アフターファイブも充実しているので、転職して本当に良かったと思っています。
短大卒業後、新卒で入社した靴屋の販売員の仕事でしたが、ノルマがあったり、給料は安いし、土日などの休日は仕事だし、本社の上司から新入社員が集められ説教をされたことがきっかけで辞めようと決意しました。 その後、すぐに違う会社の経理事務として採用され、靴屋を辞めたことは全く後悔していません。 むしろ、辞められて良かったと思っています。 今の会社は残業もなく、土日は休みですし、ボーナスもあります。人にも恵まれています。
食品製造業で働いていましたが、24時間の交代制だったので生活のバランスをとることが難しく、また残業も多くある会社だったので睡眠がよくとれない日も続いたために退職を考えました。これからの生活を思うと給料が途切れることに不安はありましたが、このまま続けることのほうが体に悪いと思い退職しました。その後は実家にお世話になりながらのんびりと転職活動を始めて、数ヶ月後に無事に再就職ができました。前の会社と比べると給料が少なくなってしまいましたが、働きやすくて毎日睡眠がしっかりとれるようになれたので、転職してよかったなと思っています。
私自身が子どもの頃、かぎっ子だったのですが、家に帰った時に怖い思いをしても守ってくれる人がいなかった、という記憶があり、妊娠を機に仕事を辞めました。子どもが小さいうちは私が近くにいて、子どもが困ったら、必ず助けになりたい、という気持ちが強かったからです。 現在、子どもは2人産まれ、一人は小学生、一人は幼稚園生です。上の子が小学校に上がると、子ども同士のいざこざがあったり宿題が多かったりと、私が思った以上に子どもは大変なようでした。そんな中で子どもの相談に乗ったり、勉強を見たりして、気持ち的には満足できる生活を送っています。 金銭的には余裕がほとんどありませんが、小学校の子どもが、家に帰った時に、ただいまを言える家で良かったと思っています。また子どもは、ママが家にいてくれることが嬉しい、と言ってくれることも嬉しいです。
職場の人間関係から、うつ病を患ってしまったために当時は泣く泣く退職しました。しかし、今では退職してよかったと思っています。 退職後、お付き合いしていた彼と急に結婚が決まりました。また、入籍後半年で子どもも授かることができました。まさにトントン拍子でした。 現在もうつ病の治療は続けていますが、病気に理解のある親、夫と、かわいい子どもと一緒にがんばっています。あのとき退職していなければ、手に入れることはできなかった幸せです。
結婚のため退職しました。新居から会社まで50㎞あり、自宅に私が使用できる車がなく、電車とバスを乗り継ぐと片道2時間半かかるため、通勤が困難となりました。 退職してから妊娠するまでの1年半程度は、子供が宿泊できない高級旅館に泊まったり長距離ドライブに行ったりと、夫と2人の時間を過ごしました。子供を2人産んでから9年間程自分の時間がほとんどなかったので、良い休暇だったと思っています。おかげで、今でも2人で出かけるのが楽しいので、子供を預けてドライブに行ったりしています。
職業、看護師。勤務期間、約1年。6年前にとある病院を辞めました。この病院を辞めたことに対し、後悔はありません。病院は基本的に会長、院長には頭が上がらず、みんな ペコペコばかり。上司の機嫌を毎日伺って仕事をしていることに対し、患者のことも考えないでとストレスがたまっていました。とある日、夜勤中に患者に胸を触られ、上司にセクハラの件を報告し、その患者の担当から外してもらおうと上申したら、信じてもらえず逆にずっとその患者の担当をさせられました。その患者はその病院がVIP患者として遠方から呼んでおり、病院はその患者を守らなければならなかったのです。そのストレスの中、急性期病院で夜勤1名でやる。他の病棟の応援に、患者をおいて行かなければならない。ストレスが増大し、その後出勤することができなくなり、病院を辞めました。患者も上司も信じれない環境下はとてもつらかったです。退職後は違う病院へ再就職しましたが、現在も上司との人間関係に悩まされ、早く今の職場を退職したいです。
私は少し前までテレホンオペレーターの仕事をしていました。お友達もたくさんいて毎日楽しかったのですが週に2-3回上司が来てその上司がセクハラ上司です。嫌味もいっぱい言うのですが人がやっている仕事を横から口を挟んできて中断させます。中断させるほど嫌な思いはありませんでした。私は会社を辞めて正解でした。嫌な上司に当たってしまうほど仕事が楽しくない事はありません。今現在はそういったこともなく楽しく仕事をしています。
貿易会社で勤務していましたが、退職する数か月前から給料が数万円ずつ分割で振り込まれるようになりました。 全額揃うまでに数日かかっていたので生活費の計画が立てづらかったのと、その日の売り上げをそのまま従業員に振り込んでいくという自転車操業なのも発覚し、会社の将来性を見いだせなかったので退職を決意しました。 今までの転職活動では福利厚生や勤務条件ばかりをチェックしていましたが、今回の事を教訓にし、会社の業績を見てできるだけ給料の未払いが起きないような経営が安定した会社を選ぶようにしました。 今は無事に転職し、給料も一括でもらっているので、精神的に安定して働くことができています
一番の退職理由は、過労死ラインと言われる残業時間の80時間が通常のことで、100時間を超えた月や終電がなくなることはもちろんのこと、日をまたぐ労働時間のこともあり、休日出勤もあり、自分が体も心も壊れかけていたからです。同僚も同じ環境で、業務量の多さに職員の数が似合っていないことはと上司もわかっていましたが、抜本的な改善されず、自分で改善しようとしたとしても、その前に自分がだめになることが目に見えていました。仕事に対しても、自分は向いていないんじゃないか、ほかの職員のようにこの仕事にかける熱意もないと感じていました。退職し、テレビを見ていて、声をあげて笑っている自分にはっとしました。この数年、こんなに笑うことはなかったと気付きました。睡眠もたっぷりとれるようになりました。やりたかった習い事も始められましたし、衣食住が普通にできるようになりました。心に余裕も生まれました。今でも元同僚や同期と会うことはありますが、穏やかな気分で話を聞いています。仕事については思い出してもつらいことばかり。後悔は微塵もありません。もっと早く退職すればよかったか?という後悔ならほんの少しあります。
下の子供が幼稚園に入り、6年ぶりに仕事を探すことにしました。条件は扶養範囲内ギリギリで収まるくらいの年収を稼げること・子供の熱などの急なお休みにも対応してくれやすい職場であることです。幸いすぐに仕事が決まりました。地方の信用金庫の窓口での振り込み用紙をOCRにて読み取り、読み取れない誤字脱字を修正する単純な事務作業でした。職場には私と同じような主婦のパートさんが総勢20名ほどいました。同じような環境の女性ばかりだったので融通がきくのだろうと思い込んでいましたが、それは間違いでした。その部署のリーダーが30代後半の未婚の女性だったのですが、子供の行事や体調不良で休むたびに、休み明けに出勤すると皆んなのまえで意地悪なことを言われます。みんなそうなので気にすることないよ、とケロッとしている人もいましたが、私はとても嫌だったのでたったの2ヶ月で転職しました。次の仕事も幸いにすぐ決まったのですが、次は男性だけの営業所の営業事務です。男性なので、子供関係の休みは理解されないかな?と思っていたのですが、なんと皆さん今流行りの育メン揃いだったので、むしろ子供がらみの事だと共感してくれ、以前の職場よりも全然休みを取りやすいのです。女同士の揉め事に巻き込まれることもなく、皆さん営業ですぐに外回りにでるので午後は快適に1人でのんびりする時間までいただいて、転職して良かったなーと思います。
結婚を機に会社を退職しました。接客業だったので帰宅時間も遅く自由時間が持てなかったのと、子供が欲しかったので立ち仕事が多いことに不安を感じて退職しました。 退職後妊活をしたのですが、思うように進まず、産婦人科に長期で通うことになりました。その後勤めた会社は融通が利いて、病院通いのための遅刻や妊娠による体調不良も考慮してくれる会社だったので、出産まで長く働くことができました。退職した会社は若年層が多く、妊娠に対しての知識も薄かったので、妊娠期トラブルが多かった私は新しい職場で色々助けてもらえました。結果として、当初の会社は退職してよかったと思っています。

 

30代になると責任ある役職や立場になる方
が多く、精神的に重荷を背負うシーンが
多くなるようです。

休みもまともに取れない、残業代が全く
出ない、といった悩みが大きく
のしかかってくることで、仕事を続ける
気力がだんだんなくなってくるのです。

 

仕事を辞めた理由・その後の結果(40代男性)

前職は、計測器の開発をしていました。人間関係も良く業務も楽しく、一見問題ないような仕事でした。しかし、欠点は一つだけありました。それは、給与が安いことです。 折角、大学を卒業したのに、何年たっても給与が伸びて行かない、将来性に不安を覚えました。職場内でも、給与が安いと辞めていく人も多く、私自身も考えさせられました。 そんな折、上流の取引先メーカーよりオファーがあり、転職することとなりました。現在では、前職の会社の方とも仲が良く、たまに飲みに行ったりしています。

 

仕事を辞めた理由・その後の結果(40代女性)

会社のブラックな感じに(残業代ゼロ、残業時の食事代出ない、休みにくい、給料低い)耐えきれず、ずっとやめたいやめたいと思っていましたが、機会を逃していて、そんなときに妊娠が発覚。イヤだから辞める、ではなく、子育てに専念したいからやめる、という円満退社になりました。近年、円満退社がなく、揉めてやめていく人たちばかりだったので、役員の人たちからも、引き留められ、本当に円満に辞めることができました。ストレスも無くなり、子育ても楽しめるし、本当にやめて良かったです。やめたあとも職場の人たちと交流があるので、本当にやめて良かったよーとその人たちにも言っています!
15年間、医療事務として総合病院に勤めましたが2月に退職しました。ブラック企業ではないのですが、働いてる高給取りのおば様方が酷い!受付ではなく事務所内でパソコンに1日向き合ってるので飽きたりするのは皆同じだと思いますが、ずっと寝てる人がいるんです。毎日毎日寝ていました。その人が仕事をしないと残業が増えるのに…私の残業代は1500円ですが、その方は2500円も貰えるので時間内は寝て残業になり沢山の残業代を貰い、財布の中はヌクヌクです。私達からすれば安い残業代をもらうなら早く帰りたいです。 あのイライラから解放されてストレスフリーです。
妊娠出産のため、パートタイマーでしたが退職しました。昔から専業主婦になりたかったので、どんなものかと思っていました。体調を崩したこともあり妊娠3か月で退職しました。やめてみて、大変だった仕事と家事からの解放でとても楽になりました。しかし、やめてすぐは、というか今でもやめた気もなく、仕事している生活と変わりない感覚があります。今は家庭に入っていて不満もありませんが、将来的には働かなくてはな、と思っています。
子供を大きくするため、パートでスーパーのサービスカウンターと事務の仕事をしましたが、そこでパワハラされて体調を崩し、我慢しながら3年働き上司に診断書みせたにも関わらず、読まずにごみ箱へすてられ酷い体験をしました。もう精神状態がボロボロになり、自分の体のほうが大事だったのできっぱり辞めました。辞めたことで身も心も軽くなり次の新しい自分の人生も考えられたので今では良かったと思いますし後悔はしていません。小さいころから夢だったエレクトーンのインストラクターしています。
事務員三人という、小さな株式会社に勤めていました。社長はワンマンで、人の意見は全く聞かないという人間でした。本社事務員は全てシングルマザーしか採用しないという徹底的な愛人探し目当ての社長でした。 私も何度か誘われましたが、断っていました。 すると、ある時、また新しい事務員をどこからか連れてきて採用しました。もちろんシングルマザーで40歳。 どう見ても飲み屋のママのような雰囲気の人で。 案の定、その人の車も家の家賃も会社払いになり、給与も賞与も特別待遇。誰がどう見ても愛人でした。仕事で同じことをしても、その愛人は全て許され、何でもありでした。仕事中に私用の長電話をしていてもおとがめなしでした。 ある日、社長から突然私に、 今月からパートで、会社の経理も苦しいので協力して。 との話が。 それまで8年間、我慢して我慢して文句も言わず、胃を痛めながらも笑顔で仕事をしてきましたが、この言葉でプッチンと切れました。 即、退職届を出して、残った有給を全部消化して辞めてやりました! 辞めてからはあの2人を見なくてもよく、ストレスのない生活を送れています

 

仕事を辞めた理由・その後の結果(50代以上)

退職したのは、住宅ローンを払い終わり、これからは今まで払っていた住宅ローン分を貯蓄にまわせる時でした。 でも、仕事が体力的にきつくなってきたので、思い切って退職しました。ちょうど娘の第一子出産の時期でもあり、娘の出産育児のサポートができてよかったと思います。 娘に対するサポートの必要がなくなったのを確認して、長年行けなかった国内旅行や海外旅行に、仕事の日程を気にせず行きたい時に行きたい場所に行っています。 時間だけはたっぷりあるので新しい料理やお菓子作りにチャレンジしています。

 

40代過ぎともなると、職場にいるヘンな
同僚・先輩・上司に苦しめられる方が
多く、しかもそれらの人は決して
辞めません。

結果、自分が辞めるしかなくなってしまう
人も多くなってしまうんですね。

 

会社を退職・仕事を辞めて後悔していない人は多い

さて、総勢50名の方の体験談をご覧
いただきましたが、様々な理由はある
ものの、退職して満足している方が
こんなにいたんですね。

パワハラや長時間労働で自分が壊れる前に
会社を辞めるのは、まさに防衛本能と
言えるかもしれません。

ブラック企業の社畜は、社畜化が進むと
退職することすら考えられなくなると
いう声が多くあります。

逃げることすら考えさせないほどに
洗脳されてしまうのでしょうか。

しかし、死んでも働くというのは
実にバカげていますよね

そこまでして会社で働くことに
意味は全くないと私は考えます。

 

 

退職後、別の会社へ転職する人も多いです
が、主婦として家庭を支える人もいらっ
しゃいます。

そうすると、パート以外ではお金を稼ぐ
ことは難しくなりますね。

ですが、子育てしながらのパートは
楽ではありません。

 

最近では、自宅にいながらパソコンで
自分のブログを運営し、子育てしながら
安定収入を稼いでいる主婦も数多く
います。

ブログ運営の長所は、自分のスキマ時間で
作業が可能であり、パソコンとネットさえ
あれば、どこでも出来ることです。

 

もしお子さんが熱を出したら、
普通のパートでは休む必要があります。
もちろん、その分は無給です。

しかし、パソコンを使った
ブログアフィリエイトなら、

自宅で看病しながら、
お子さんが寝ている間に
作業可能なのです。

もちろん、主婦の方でなくとも、
男性でも可能で、
私のように会社に勤めながら
副業から始めて実績を出した人も
たくさんいます。

会社で働くだけが仕事ではない
私は思うのです。

インターネットが発達した今なら、
会社へ行かずとも稼ぐことは
十分可能です。

 

ブログアフィリエイトとはどうやるのか?

ブログを運営し、広告収入を得るには、
様々なステップを経る必要があります。

私もまったくの未経験から始め、
コツコツ学んで実績を出しましたが、
その経験をもとに、

ネットビジネス未経験者・初心者向け
教科書Passport to UTOPIA
このたび作りました。

80本以上の動画、100以上のコンテンツ
からなり、スマホでも学ぶことが
できます。

ブログアフィリエイトの具体的な
始め方も動画で解説しているので、
ブログアフィリエイトを始めるきっかけに
なればと思います。

今なら無料でダウンロードできますので、
下の青い画像をクリックし、
手に入れてみてください。

パソコンとネットさえあれば場所を選ばずに稼げる方法を公開中です

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です