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デュアルライフ

未体験の世界、覗いてみたいと思わないだろうか?

2017/08/10

 

 

僕は消極的な人間だと思う。

言い換えると「行ってみよう、やってみよう」な

人間ではないということだ。

 

まずやる前にうだうだと考え、検討する。

何かを買おうにも、すぐには買わない。

「もっと安い店があるかも」とか

「そもそも本当に必要?」などと

悩んでいるうちに、結局買い時を逃してしまう。

まるで、中学生の頃に読んだ生活科の教科書に

書かれていることそのままだ。

 

「衝動買いはせず、よく検討してから購入しましょう」

 

 

お金を出して買う場合、モノと体験ではまったくの別物だが、

「体験」はその価値が長期間保持される可能性が

高いと思わないだろうか。

 

モノは時間が経つほどどんどん古くなり、ついには壊れてしまう。

売ったとしても、買った時より高く売れるものはごく限られている。

 

一方、体験は一時の快楽・経験に過ぎないかもしれない。

だがその記憶は身体や脳に残り、後の行動や人生に

影響を及ぼすかもしれない。

 

 

 

例えば、高校受験のために塾に通ったとする。

その甲斐あって志望校に受かれば、支払ったお金に対して

十分なリターンが得られたわけである。

その後通る道に与える影響も加味すれば、

とてつもない成果である。

 

だが、不幸にも不合格となってしまった場合、

費やしたお金と時間は全くの無駄になったと

考えるべきなのだろうか。

 

僕はそのようには考えない。

 

実際、僕は高校2年生の夏から塾に通い始め、夏には都心の校舎へ

夏期講習に向かい、そして志望大学には落ちた。

その後、1年間の予備校生活を経て、志望校になんとか合格した。

この浪人生としての1年間は、生涯で最も勉強した時期だと思う。

偏差値が20も上がったのだから。

 

「一度は挫折したけど、やれば何とか出来た。」

いま思えば、実際に成したその経験は貴重なものだと感じている。

 

 

その時には思うような成果を得られなかったとしても、

後になって意味が生まれてくることがある。

これが「体験」の持つ隠された大きな成果ではないだろうか。

 

体験したことのない世界を見ることは、自分の血となり肉となる。

その結果が、自分にとってもっと良い結果をもたらすかもしれない。

言い換えれば、自分という商品への「投資」である。

 

 

「海外に暮らして色々経験してみることで、

今よりもっと良い人生が得られるかもしれない。

何かしらプラスになるかも。」

 

 

致し方ない事情があったことに加え、自分でも

そう思ったからこそ、僕は日本を出た。

 

 

-デュアルライフ

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