国際結婚&マレーシア移住しちゃったアニオタなオレ

マレーシア人女性と国際結婚したOtakuが海外に移住した。実際のところどうなのか、実体験に基づき情報を大提供!

とあるアニオタ父さんの自己分析

 

僕は川越文太郎。日本生まれの日本育ち。
東京でサラリーマンをしていた普通の日本人だ。

 

そんな僕が、ある時決意を胸に海外移住を果たした。
冬や雪が好きな僕が移住したのは『南国マレーシア』。
趣味のスキーや雪山登山は絶対に出来ない。

 

なんでそんなところへわざわざ移住したのか?
その理由や経緯は、以下の自己紹介やこのブログ内の
記事
に書かれているので、興味のある方はどうぞ。

 

引き続き、簡単に自己紹介をするので、
もしよかったら続けてご覧いただきたい。

 

 

 

【家族でマレーシアへ】

 

マレーシアという東南アジアの国をご存じだろうか。
日本から飛行機で7時間、一年中が夏の南国。
パームツリーが人の数より多く茂っており、
道端にバナナやマンゴーが生えている国、それがマレーシア。

 

一応イスラムの国だけど、結構ユルい。
ホントは人前でカップルが手をつなぐのも違法だけど、
みんなガンガン抱き合っている。キスしまくっている。
なかなか楽しい国だ。

 

すべてが適当で、ちょっと汚くてクサいところも多い。
犯罪も日本に比べて多く、危険なこともある。
でも日本には失われたものがマレーシアにはある。

 

活気、熱気、パワーだ。

自分がまさかそんな国に住むなんて、思いもよらなかった。
首都クアラルンプールでプールやジムがついたコンドミニアムを

比較的簡単に借りることが出来るなんて、やってみるまで想像もしなかった。

 

 

 

【国際結婚をしている】

 

僕の妻は中華系マレーシア人。日本で出逢って結婚した。
お互いに日本語で会話をして、妻の外見も日本人そのものなので、
傍から見たら外国人とはわからないかも。
国際結婚は手続きが色々と面倒だけど、それ以上に
エキサイティングな生活が出来ている。

 

国際結婚でラッキーだったと思っている。

 

 

 

【子どもがいる】

 

僕には娘が1人いる。ハーフということになるのだけど、
見た目は日本人と変わらない。名前も日本人の名前。
最近は3つの言語がミックスされて口から出ている。
将来、ちゃんとした言葉が話せるかちょっと不安だけど、
とりあえず健康第一。

 

日本にいるときに比べて大幅に子育てしている時間が長いので、
僕を「知らないオジサン」と呼ぶことはなさそうだ。

 

 

 

【英語はヘタである】

 

自慢じゃないけれど、僕は保育園から大学まで、すべて公立で
過ごしたせいか、最低限の英語教育しか受けていない。
マレーシアに来る前、一応準備としてTOEICを何回か
受けてみたが、450点を上回ったことがない。

 

その後マレーシアで暮らしているが、普通に生活できている。
日常会話は発音が悪くて通じないことがよくあるけど、
結局どうにかなっている。携帯のチャットソフトは問題なく
英語でチャットしている。すべては慣れだと思った。
TOEICはあまり関係がなかったのかもしれない。

 

 

 

【趣味が多い】

 

自分では「オタク」という輝かしい称号を名乗るなんて
おこがましいと思っていた。しかし会社でも、家庭でも、
僕はオタク扱いだった。まったくとんでもない話だ。
真のオタクの方々に申し訳ない。

 

僕がオタクと名乗るにはまだまだ甘いかもしれない。
以下に説明していくので、確かめてほしい。

 

 

<注:趣味は広く浅くがモットー>

 

まず『アニメ』。これはもう20年近く触れている。でも、
面白そうなものをかいつまんで、たまに観る程度だ。
ブルーレイBOXが本棚にあったり、アニメのサントラCDが
段ボール1箱あるなんて、一般人にもよくあることだろう。
アニメやコミックのモデルとなった実際の街に出かける、
いわゆる「聖地巡礼」など、社寺仏閣巡りと何ら変わりもなく
さしておかしくないと思う。

 

歴代の好きな女の子キャラの髪の色が全部青いというのは
何かの偶然だと思うけど、深く考えるのはよそう。

 

 

次に『パソコン』。今ではゴミ扱いの、Windows95より前の

ものが好き。中学生の頃から秋葉原やハードオフで

ジャンク品をよく漁っていた。
同じようなものを漁っている「同志」と話すのが好き。

 

次は『登山』。親父の影響で中学生の頃から始める。

以後、高校・大学と登山系の部に所属し、日本アルプスと

その周辺を季節を問わずいろいろ登る。妻と知り合ってからは

マレーシアの山も少し登る。今後も出来れば登ってみたいが、

虎に襲われないか心配。

 

次に『スキー』。親父に保育園の頃からどつきまわされて覚える。
リフトを使わせてもらえず、ハの字で上まで登らされたことを
覚えている。以降、スノボに一度も浮気せずにスキーを貫く。
子どもが生まれてからは行っていない。もちろんマレーシアでも。

 

次に『バイク』。大学1年のバイト代を元手にオフロードバイク

を買う。普段は林道を荒らしまわって、夏休みになると北海道や

九州にテントを積んで野宿旅に出かけた。また、一時期

モトクロスやエンデューロレースにもはまり、レーサー

(レース専用車)をヤフーオークションで安く手に入れて

草レースに参加することもあった。
マレーシアにおいては、観光地ではレンタルバイクを借り、

日頃の「バイク乗りたい病」を晴らす。妻の実家に帰省した際は、
義父のスーパーカブを頭を下げて借り、近隣を散々乗り回す。
もちろんちゃんと免許はある。

 

おまけで『地図』。思えば保育園児の頃に目覚めた。
保育園の卒業アルバムで、僕のページには謎の地図が描かれている。
小学校低学年のころに全国道路地図を買ってもらい、色々な妄想を

始める。登山を始めてから地形図(2万5千分の1)という

素晴らしいものに出会い、飽きることなく眺める。バイクで攻める

林道の探索にも使用していた。マレーシアでも各地の道路地図を

買って眺めるが、クオリティが低く落胆。地形図のような地図が

見つかることを願い、本屋に行った際は探索している。

 

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僕とは、このような人間だ。
ごく一般的な人間であることがお分かりいただけたと思う。
共通の趣味の方や、共感いただける方がいたら嬉しい。

 

 

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2016/07/12


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